塚本スカウトをICSCの国際部スカウトに任命する その2

(前ブログからの続き)
国際部の仕事は富士登山サポート以外にも存在する。
毎晩開かれる交流会の運営、日本文化体験、そして最終日のキャンプファイアである。

交流会は富士登山の夜から開かれた。
スピーカーでEDMを流しアイスブレーク(人との距離を縮めるゲーム、例えばほかの国の人とselfieするなど)をしたり踊ったりして楽しんだ。全員疲れていたため何をやっても楽しかった。この頃になると何とか意思の疎通ができる程度には英語も上達?していただけでなく、外国人スカウトといい関係が構築されはじめた。そして日本人のスタッフにも連帯感が生れ、ICSC国際部は順風満帆に動き始めた。

8月 13日(大会2日目)はスポーツ大会と富士フェスティバルが行われた。
スポーツ大会は国も年齢も性別も関係なくランダムにチーム分けし、スポーツを通して仲良くなろうというコンセプトで企画された。効果は絶大、日本人だけでなく各国のスカウト同士も仲良くなったように見受けられた。特にマカオと台湾は両国とも中国語を話せるということもあり、早くから打ち解けていた。

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午後プログラムの富士フェスティバルはICSCに参加する団が出し物を行い、交流をするというもので、14日、15日(大会 3,4日目)は日本文化体験のプログラムが組まれていた。
ここでは、剣道、書道、茶道の三つを体験することができる。
私はこのプログラムを監督する担当だった。英語で日本文化を説明する必要がありてんやわんやであったが、何とか乗り切ることができた。
外国スカウトは特に剣道を楽しんでくれていたように思う。体験の最後にチャンバラ対決を行うと、ものすごいで切りあう。それは日本人が見慣れた剣道ではなく、どちらかというと某宇宙映画のあのシーンのような勢いで、竹刀が割れることもあった。

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8月15日(大会 4日目)の夜はキャンプファイア、大会を締めくくる大事な儀式ということもあり国際部は気合が入っていた。
通常のキャンプファイアと違うところはスピーカーがあるということ。
普段は歌を歌うという選択肢しかなかったが、スピーカーがあることによりファイア演出の幅が広がった。
ファイアは大盛況のうちに終了し、参加していた日本のスカウトは各隊に帰って行った。
残った国際部のスカウトと外国のスカウトは、小さくなった炎のまわりでEDM を流しつつ踊ったり喋ったり連絡先を交換したり、思い思いのことをした。
お酒が出ることも、クスリが出ることもなく、自然に囲まれた中で夜まではしゃぐという経験、ある意味で最も模範的な羽目の外し方は、きっとボーイスカウト以外ではなし得なかったと私は思う。気がつくと英語に対する抵抗は消えていた。

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そんなこんなでICSCは最終日を迎えていた。
ホームステイをしないスカウトを空港行きのバスまで送る。
マカオのスカウトは泣いていた。見送る側は終わるという実感を感じにくいが、東京に帰ると実感がわいた。
大会期間中日本人とは日本語で会話していたが、必ずどこかで別の国の言語が聞こえていたためか、東京に帰ると日本語が大きく、また新鮮に感じられた。
途端に現実に引き戻された感じがして、とても寂しい気持ちになった。

貴重な経験をICSCは私に与えてくれた。
先ほども述べたように、きっとこれらの経験はボーイスカウトだからこそだと私は思う。
キャンプファイアの夜、連絡先を交換したスカウトとは今でも連絡を取り合っている。
来年の2月に大阪の案内を頼まれたので案内してきたいと思います。(大阪には二回しか行ったことがないですが…)。 完